三陸海岸とお別れ 84日目
7月13日、起床。今日はいい天気。むしろ暑すぎるくらい。天気の高低差半端ないって。
二日間お世話になった越喜来ラブラブハウスを後にし、まずは街の名所、三陸大王杉を見に行く。聞くところによると屋久杉と同じくらい古くてデカイらしい。空き地を抜けて階段を登り
神社の横を通って杉を見上げる。
たしかに威圧感すら感じさせる巨木だった。またそこから見える街並みも美しく見えた。
一昨日登るはずだった峠を登り始める。みるみるうちに高度を上げて行き、2キロの道を30分かけて登った。登ったところにある道の駅で休憩。まだここからもこれまでと同じかそれ以上の高さまで登り、しかも傾斜はよりきつくなる。だいぶ二の足を踏んでいたが意を決して飛び出す。
眼下に見下ろす自動車専用道路を見ながらゆっくり坂を登っていく。あれを走れたらどんなに距離が短縮できただろうか。
それでもキツイ登り坂を登っているとだんだんと楽しくなってくる。登り終える頃にはやっと終わったと思うと同時に、もう終わっちゃったという気持ちも少しあった。だんだん変態に近づいているのかもしれない。
大峠を越え街に降りて、再び登ってまた街に降る。そこは陸前高田市。ここには何も無かった。もはやそこに街があったことすら想像できなかった。四階まで津波が来たアパートや
破壊されたままの道の駅だけが街としての面影を残していた。特にアパートは中が見え、窓枠に引っかかったままの布団や、屋根からぶら下がったままの電灯がそのままだった。
ここの近くには奇跡の一本松がある。もちろん見物していく。なんならこれが見たかったから三陸海岸を通ってきたと言っても過言ではない。
復興のシンボルであるこの松はもう生き物ではない。枯死した松を保存し、モニュメントとしたのだ。この保存には多額の費用がかかり賛否両論が巻き起こった。しかし、実際目の前に立つと多くの人の思いが詰まったこの松は畏怖の念すら起こさせる程の存在感を持って一本、更地の中に立っていた。
一本松を後にし長かった岩手県に別れを告げる。そして気仙沼の町からは内陸に入っていく。長く、そしてキツかった三陸のリアス式海岸ともおさらば。いままでの景色とはガラッと変わり、田園地帯と山が広がった。どこかノスタルジックな感じにさせるような、そんな景色になった。地元の新潟市にはこんなところはないが。
道の駅林林館に着き、もう疲労困憊。獲得標高も千メートルを越えた。しかし目は冴えていてなかなか寝付けなかった。
走行距離 89.7キロ